私´と私─第5話─
I' and I - 5th Episode -

 6月11日水曜午後2時30分、眼科へ行った。受付でこの間失くした診察券のことを言い名前と生年月日を持参した予約票に書く様に言われた。検査はそれから5分後に始まった。
 医師は最初視力検査をすると言い私を視力検査の前の椅子に座らせたがすぐ眼圧検査に変更し席を移動した。両眼の眼圧を測った。緑の点を見るとそこから目に空気を発射する例のものである。これはすぐ終わった。それから診察室の前で待つように言われた。
 相変わらず長かった。途中パジャマを着た30代半ば過ぎ位の女性が入ってくると一番前の席に体を横たえていた。入院患者らしかった。私は只管寝るしかなかった。時間潰しになるような物を生憎持参して来なかったので。時折目が覚め、と言うより単に目を開けて周りの様子を窺っていただけだった。1時間位待って漸く名前を呼ばれた。
 あのマドンナ先生が当日診察に当たった。(どきどき…。)入ると相変わらず無愛想だった。私は
 「今日は。お願いします」
と言った。女医は患者が入って来ても机を見ながら独り言のようにぶつぶつカルテを見ながら
 「フリーT3、フリーT4 (「私´と私─第2話─」参照) …」
服用中のダーゼン

服用中のダーゼン
ダーゼンは薄桃色の錠剤である。1日3回毎食後飲む。

などと何時ものように呟いていた。
 「目はどうですか?」
 「前よりは楽になりました」
 「どういう事?」
 「あの沁みる感じが余りしなくなりました」
 「 ダーゼン はどの位残ってるの?」
 「ダーゼンとは何ですか?」
 「飲み薬よ」
 「あと10日分あります」
 「じゃあと20日分あげましょうね」
 女医は髪型を変えおかっぱに切って少し赤く染めていた。個人的には前の方が好きだが今度のも似合うので良しとした。言葉の端々にため口が出てくる。これは相変わらずだ。これも気に入っているので良しとした。
 次に上を見て明いた黒目の下の白目の部分に黄色い液を滴下した。診察椅子の横にある検査装置をスライドさせて前と同じ様に検査した。
 「ここ、ここを見てね」
 私は誤解しないように目を固定させた、左目は左を見たまま測り右目は右を…と言う具合に。語尾の「ね」がまるで小さい子に対しての様に私を安心させた。又眼球突出計 (「私´と私」参照) で左右の目を計った。別に眼球突出計だとは言わなかったが…。予習と診察の経験で理解していた。これはこの前は書かなかったがここへ来た時何時も検査を受けていた。自分で鏡を見ると分かるのだが横を見ると瞼か目か分からないが確かに腫れているのだ。突出計で更に詳しい数値が把握できるようだ。女医はそれをカルテに書き込んでいた。
 女医は私に告げた。
 「神経が痛んでいるようですね。 緑内障 の初期の症状が出ています」
 「えっ!?」
 「甲状腺眼とは別に外来で受けますか?」
 「はい。お願いします」
 「暫く通院してみて下さい」
 「物がだぶって見えたりしませんか?」
 「いいえ」
 これはバセドウ (「私´と私」参照) と関係があるのか知らない。バセドウについては眼症状になるのは僅かだと言われる。私の様なバセドウ患者は稀なのだろう。大学病院でも同じ受診科で目に眼帯を付けていた人は見掛けなかった。今も私の両目は甲状腺眼症 (「私´と私」参照)と緑内障で充血している。物がだぶって見えるのは複視 (「私´と私」参照) と呼ばれる。パソコンをやっていると時々目が疲れてそう見えることはある。でも一過性だ。普段はだぶって見えることはない。しかし今バセドウで手一杯なのに何故だろう。これは予習には無かった項目である。全く予想がつかなかった。眼圧が異常になり水晶体にも影響があり視野が欠けひどくなると失明する病気位しか知識が無い。原因は何だろう。甲状腺眼からの併発だろうか。判らない。
 次回の検査は緑内障のそれである。次回は6月18日水曜10時からである。マドンナ女医を希望したが生憎診察が一杯で受診出来ないとの事だった。マドンナは引っ張りだこなのか、矢張り。患者とは限らないかもしれないが…。
 検査は 水飲試験 と言い「水を飲むことに依って負荷を掛け眼圧の変化と眼の中の水の流れ具合を見る検査」と説明されている。加えて「まず最初に眼圧を測り水1リットルを5分以内に飲んで15分おきに3回眼圧を測る。最後に眼に4分間錘を載せて水の流れを見る」そうである。何時もやる件の眼圧の検査ではない。今回も行ったが…。これは多分もっと精密な眼圧の検査なのだろう。1リットルも飲むとは!しかし一度にそれ程水を飲んだことはある。1か月位前に外出して晴天に恵まれた時無性に喉が渇き自販機で次々とペットボトル350cc程度を3本程買って飲んだことがある。それでもまだ渇きは余りある程だったが…。あれはバセドウの絶頂期だった。今は「 私´と私─第4話─ 」に記すようにバセドウの症状は落ち着き喉の渇きは無くなっている。絶頂期なら歓迎と言いたい所である。しかし自分を試す好いチャンスだ。水1リットル5分以内に挑戦である。そう言えば大学時代にコーラ500ccを飲んだことはあるぞ。炭酸で相当飲み難かったが数分掛けて全部空けた。量は倍になるが炭酸が無いだけコーラよりは飲み易い。検査の6時間前からは水分の吸収を良くする為食事や水分を摂れない。終わったら存分に食べるまでである。検査は1時間位だそうだ。
 一方他の検査は6月26日木曜午後2時からである。ゴールドマン視野、蛍光造影写真、 PPT(Pressure Phosphene Tonometer:強膜で測る眼圧計) である。PPTでは 通常の眼圧検査(角膜に空気を当ててみてその凹み具合を見る検査) では得られない正確な眼圧を測る事が出来る。眼圧が重要視される緑内障では通常の検査では眼圧の数値を誤って計測する恐れがあると言う。そこでPPTでは強膜(白目)を利用した検査を行う。上瞼の上から強膜を押し間接的に網膜を刺激しその時に見える影を調べる。角膜を押すと角膜の厚さに関係してくるので正確な試験は余り行えない。PPTで瞼を押す時には右目は右下を、左目は左下を見て検査を行う。正常でも影が見えない人もあると言う。因みに正常な眼圧は10〜20mmHgである。手術などして角膜を薄くした場合通常の検査では眼圧の測定値が下がる。実際は下がってはいないのだが…。PPTで正確な計測値を得られると言う。これは予習であるが…。
 帰りに受付で点眼薬のイスメリン (「私´と私─第2話─」参照) 、2070円の領収書、それに例のダーゼンの処方箋を受けた。今回は検査が簡単だっただけに安かった。診察券が無いので受付に「診察券貰ってないのですが」と言ったら暫く探した後「この間失くされたんですね?再発行は下の受付で受け取って下さい」と言われた。それを早く言ってくれ。もう失くした事は言ってあるだろ?連絡不行き届きだな。黙って帰ったらこの前の二の舞を踏む所だったぞ。心の中で何度も唱えた。そして下の受付でフルネームを言い再発行されたそれを受け取り何時もの様に処方されたダーゼンを買い帰路に就いた。帰りは4時を回っていた。この前よりはまだ早かった。

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